ハロルドフライを待ちながらクィーニーヘネシーの愛の歌

ハロルドフライを待ちながらクウィーニーヘネシーの愛の歌

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誰かを好きになったら

その人と幸せになりたいのは

当然の思い。

でもそれが

初めから叶わないことが

わかっていたら。

前回紹介したハロルドフライの思いもよらない巡礼の旅を

待ち受けるクィーニーの側から描いた

物語です。

クィーニーは

ハロルドと出会った頃から

惹かれているけど

彼はすでに妻がいるひとだった。

仕事で小さな交流を繰り返し、

ハロルドにとってもクィーニーは

信頼できる仕事仲間となる。

彼らが勤めているビール会社は

品の良い会社とは言えず、

上司のネイピアもアクの強い人物である。

合わないから、で

仕事が変えられたら楽である。

だけど実際にはできないことの方が多い。

長く勤めたら勤めただけ

職場の悩みも増える。

わたしもそう。

自分と同じ考え方でみなが考えていると

思ったら大間違いである。

私は比較的仕事がよく変わる方で、

一つの会社にずっと何十年も勤めている、

そういう人が実は羨ましい。

いや、羨ましかったが、最近はそうでもない。

なんていうか、

ここも人によるが、

同じ職場に勤め続けることで

甘えというか

勝手知ったるなんとか、で

ずるくなるというか、

そういうマイナス部分を

見ることも多いからである。

不正ということではないが、

主に人間関係で

発言力のある人に常にくっつく人や、

その場にいない人の悪口を常に言う人や、

ちょっと理解に苦しむのが

その二つを同時にやってのける人がいる、つまり

依存しつつも

いないところでは同じ人の批判をする

そんな人もいるんだということ。

また

自分はどうよ、そのへん清廉潔白なの?

と問われると

実はこれまた自信がない。

こういうことはいやだと思っていても

流されてないかについては

まったく。はあ

どこにでもある話かもしれないが。

だから

私はそういう人間同士の力関係というか

職場政治には

なんとなく遠ざかるようにしている。

ええねん、それで。

仲良しごっこをやりにきてる訳じゃない。

うまく表現できないし、誤解もある

書き方だとは思うが敢えて書くとすれば

自分の仕事を楽にするために

人間関係を利用はしないことに

決めてん。

話がずれたが

ハロルドは言ってみればその会社で

浮いていて

クィーニーも浮いていて

そんな二人がなんとなく気持ちが寄り添うのは

当然の帰結。

だけどクィーニーはハロルドに

自分の思いを伝えない。

片思いの終着点て何処だろう。

告白する。

忘れる。

次の恋人を見つける。

そのどれもできなかったら?

片思いは片思いの良さがある。

私はそう思う。

クィーニーはハロルドのことを想うけど

言葉で伝えない。

伝えたら変化してしまうことがあるから。

クィーニーはハロルドの今のままが

愛しいので、

自分とどうこうというのは

考えないでもないけど

実行には移さない。

それよりハロルドの今の幸せを守ろうとする。

そういう彼女の生き方を

どう思うかはそれぞれの解釈だが、

私はハロルドから去った後の

クィーニーの生き方も

とても豊かだと感じた。

ただ、孤独なのは否めないが

その孤独感が彼女の人格の核でもある。

彼女の作った海の庭を誰かが

引き続き愛してくれれば良いが。

と思った。